IT企業の成長戦略:SIerの現状と課題への対応策

イントロ

日本のIT企業、特にSIerが抱える経営課題とその解決策についてまとめました。
これまでSIerは「発展しにくい事業」と言われてきましたが、現在はDXブームの追い風もあり、多くの企業が好調を維持しています。ただし、一時的な好調に甘んじていては、長期的な成長は望めません。業績が好調なうちに戦略を練り、海外IT企業に負けない競争力を獲得することが重要です。
本記事では、SIerの現状と経営課題、さらに課題解決のための具体的な対策を整理しています。経営戦略策定の参考としてご参照ください。

SIerが置かれている状況

PEST分析

日本のSIerに共通する外部環境をPEST分析で整理しました。コロナ禍や円安などにより外部環境は大きく変化しており、柔軟に対応できる力が求められています

SWOT分析

SIerの事業状況をSWOT分析で整理しました。
DX関連で売上拡大の機会はある一方、コンサル企業との競争やクラウドベンダーの台頭により、中長期的な成長鈍化のリスクも存在します。早急な対策が必要です。

SIerの経営課題

SWOT分析にて記載したSIerの課題に関して詳細を記載します。

顧客のビジネス拡大への寄与

多くの企業でIT投資の重要性が高まっています。従来の業務効率化だけでなく、売上拡大などビジネス成長のためにITを導入したいという顧客も増えています。一方で、どのようにITを活用してビジネスイノベーションを実現すればよいか迷っている顧客も多いため、SIerは効果的な提案を行い、顧客とともに新たな価値を創出することが求められます。

市場ニーズの複雑化・急速な変化への対応力

エンドユーザのニーズは複雑化し、変化のスピードも加速しています。従来のウォーターフォール型開発だけでは市場の変化に追従できないため、アジャイル開発など柔軟な手法を積極的に導入し、リリース後にエンドユーザの反応を確認しながら改善を重ねる対応が求められています。

DXを推進できる人材の不足

IT人材不足は顕著で、短期的・中長期的に日本国内で十分な人材を確保するのは難しいと予測されています。これまでSIerは労働集約型で多くの人材を投入し、大規模システムを開発して売上を伸ばしてきました。しかし、人材が不足する状況では、従来以上の価値を創出することが求められます
さらに、SIerは確実なシステム開発と安定運用を最優先するため、安定実績のある技術を優先的に使用する傾向があります。その結果、DX推進に必要な新技術や開発手法に習熟した人材が不足していることも課題となっています。

グローバル市場への展開

中長期的に日本経済の堅調な成長が見込めないことを考えると、日本市場だけに依存するのはリスクとなります。各社は海外での売上拡大策を検討する必要があります。M&Aに頼るだけでなく、日本で培った実績や技術を活かし、海外顧客に価値を提供する戦略が求められます。

経営課題に対する対策

ここまで述べた経営課題に対して、取り得る主な対策を整理します。

コンサルティング強化

ビジネス課題が複雑化する中、多くの顧客は方向性に悩んでおり、ITを活用した売上拡大のコンセプトはあっても、具体的なビジネスやサービス展開を描けていないケースが多くあります。こうした顧客に対して、ビジネスの方向性を提案し、共に考える伴走型コンサルティングが有効です。

さらに、コンサル企業がSI領域まで事業を拡大しており、SIerは競合として意識せざるを得ない状況です。下請けにとどまらないためにも、コンサルティング能力や体制を強化することが不可欠です。具体的には、以下の対策が有効です。

得意な分野からコンサル事業を展開

まず、顧客にコンサルティング機能を有する企業であることを認識してもらう必要があります。そのため、各社の得意分野からコンサル事業を展開し、着実に実績を積み上げることが重要です。
いきなりビジネス領域でコンサル企業と競合するのはリスクが高いため、SIerとしての強みを活かし、まずはテクノロジー分野のコンサルティングから始めるのが有効です。市場拡大が見込まれるデータ分析、AI、セキュリティなどの技術領域にリソースを集中させることで、より効果的な成果が期待できます。

既存顧客に対するコンサルティング領域への幅出し

既存顧客のビジネスやシステムを熟知している強みを活かしたコンサルティングは非常に有効です。目の前の業務に追われ、現状の課題や改善案を積極的に提示できていない場合でも、他社より優位な立場を活用しないのはもったいないことです。

現場から顧客への提案機会を増やし、既存顧客に「コンサルティング能力のあるSIer」という印象を植え付けることで、ビジネスパートナーとしての地位を確立できます。

コンサル人材確保

コンサルティング能力を有する人材の育成・確保は、上記の施策を推進する上で不可欠です。まずは社内の共通組織にコンサル部隊を設ける、あるいは別のコンサル会社を立ち上げるなど、人材を集めるところから始めます。

その上で、コンサル部隊と既存顧客に精通した現場が連携して業務を実施することで、現場組織内にもコンサルティングができる人材を育成していくことが可能です。

B to B to X ビジネス強化

顧客のビジネス拡大に貢献するためには、目の前の顧客だけに注力するのでは不十分です。最終的なエンドユーザの体験を変革するサービスやビジネスを提案・実現することが求められます。また、個々のエンドユーザだけでなく、社会全体の課題解決につながるビジネス展開を目指すことも重要です。
具体的には、以下の対策が有効です。

顧客を巻き込んだニーズ理解のワークショップ開催

最終的にビジネスの方向性を判断するのは顧客です。そのため、SIerが独断で提案するのではなく、顧客と共に考えるスタンスが重要です。ペルソナやカスタマージャーニーを作成し、ワークショップ形式でエンドユーザ像を共有することで、売上拡大につながるサービスを共創できます。

データ分析によるニーズ理解

顧客が保有するエンドユーザデータを活用することで、ニーズを的確に捉えることが可能です。ただし、データは顧客の所有物であるため、活用には顧客を巻き込むことが不可欠です。また、データ分析・活用の分野はまだ発展途上で、効果が見えにくい場合もあります。そのため、データ分析基盤を構築するだけで終わらせず、どのように実務で活用するかを工夫することが重要です。

グランドデザインの構想

将来像となるグランドデザインを描き、それに沿ったビジネス展開を行う視点も重要です。これは、ボトムアップでエンドユーザのニーズを捉える手法とは異なり、新たなニーズを創出する取り組みとなります。外資系コンサルに比べ、SIerはグランドデザインを描く能力が相対的に弱いため、社内外に情報発信し、自社の強みをアピールすることが有効です。

ビジネス/開発アジリティの強化

エンドユーザのニーズやビジネス課題は複雑化し、変化の速度も加速しています。従来のように長期間かけて要件や設計を固めてから開発する手法では、市場の変化に追従できません。提案・開発のアジリティを高めることで、顧客のビジネスの柔軟性向上に貢献することが求められています。具体的な対策は以下の通りです。

意思決定スピードの向上

従来のウォーターフォール開発のルールや仕組みが定着している企業では、DXのように迅速な対応や改善が求められる分野でも、従来ルールが適用されるため意思決定が遅くなりがちです。DX領域では独自ルールを設け、意思決定のハードルを下げ、特性に合ったプロジェクト推進を行うことが効果的です。

また、経営層は極力リスクを避けたいという意識があるため、スモールスタートで試行し、成果が見込めれば拡大する段階的なアプローチが適しています。さらに、最終的な意思決定権は顧客にあるため、顧客と密に連携しながら開発を進める体制を整えることが重要です。

サービス化・オファリング化推進

これまでのように個別顧客へのシステムインテグレーションだけに依存するのは、長期的な成長につながりません。そのため、サービス化・オファリング化を通じた売上拡大を推進することが重要です。既に成功している既存の型を横展開することで、市場の変化に迅速に対応した早期リリースや人手不足の解消につながります。

また、グローバル市場ではシステムインテグレーション事業の比率が日本より低く、競争が難しいため、日本で洗練させたサービスやオファリングを海外に展開する戦略が現実的です。

サービス創出促進の仕組み構築

現場は目の前の顧客への価値提供で手一杯になりがちで、他顧客への展開を見据えたサービス創出が後回しになるケースが多くあります。

これを防ぐためには、サービス化推進のための組織間意識合わせを定期的に実施し、上位層を含めたロードマップを描くことが効果的です。各組織からサービス化の種を持ち寄り、フィージビリティのあるものについてはシステム導入段階から他顧客への展開を意識した計画を立案し、関係者がコミットする体制を整えることが重要です。

アーリーアダプタとの共創

サービスを横展開するには、まずアーリーアダプタを獲得し、成功事例を作ることが重要です。利益がほとんど出ない場合でも戦略的投資と位置付け、ファースト案件から得られたノウハウを詳細に記録することで、次以降の案件をスムーズに進められます。既存顧客との信頼関係を活かし、アーリーアダプタ獲得に注力することが効果的です。

標準化・自動化による人手削減 ⇒ DX人材へのリスキリング

DXビジネスを推進する上で最も重要なのは、DXを推進できる人材の確保です。中途採用による外部人材の調達も有効ですが、既存顧客の業務やシステムに精通した社員を活用することがより重要です。
しかし、既存社員は基幹システムの開発・運用業務を抱えており負担が大きいため、業務の標準化・自動化を進めて負荷を軽減し、DX人材へのリスキリングを可能にすることが必要です。

徹底的な標準化の適用

個別に作り込むことを極力避け、標準化されたテンプレートの活用を組織ルールとして定めます。フレームワークや基盤構築用のIaC(Infrastructure as Code)テンプレートを最大限活用し、基本的にはゼロから作り込むことをやめ、標準化された成果物の活用を評価する仕組みが望ましいです。
さらに、各組織で標準化したアウトプットを社内で幅広く展開できる情報共有の仕組みを整備します。システム開発向けの標準化成果物だけでなく、提案書や障害報告書のテンプレートも精査し、決まったフォーマットと構成で作成するルールを設けることで、現場の生産性を大きく向上させることが可能です。

本務以外の業務への参画

ひとつの業務に専念し続けると視野が狭くなり、技術の幅も広がりません。希望する社員には本務以外の業務への参画機会を提供すると効果的です。特にレガシーシステムを担当している社員はキャリアに不安を抱えることが多いため、別の活躍の場やリスキリングの機会を設けることで、モチベーション向上や離職率低下につなげることが期待できます。

まとめ

本記事では、日本のSIerが直面する経営課題と、それに対する具体的な対策を整理しました。ポイントを振り返ると以下の通りです。

  1. コンサルティング強化
    顧客のビジネス課題に伴走型で対応し、コンサルティング能力を強化することで、下請けにとどまらず価値を提供できる体制を整えることが重要です。
  2. B to B to X ビジネス展開
    目の前の顧客だけでなく、エンドユーザや社会全体を意識したサービスやビジネスを提案し、ニーズの創出・理解に取り組むことが求められます。
  3. ビジネス・開発アジリティの向上
    意思決定のスピードを上げ、アジャイル開発やスモールスタートによる迅速な改善を行うことで、顧客の変化に対応可能な体制を構築します。
  4. サービス化・オファリング化の推進
    個別案件依存から脱却し、標準化・横展開可能なサービスやオファリングを作ることで、市場変化への迅速対応や人手不足解消を実現します。
  5. 人材育成とリスキリング
    DX人材確保のため、既存社員の負荷を軽減しつつ、標準化・自動化で生まれた余力をリスキリングに活用することが重要です。

SIerは、社会インフラや企業の重要システムを支える価値の高い存在です。今後も戦略的に経営課題を克服し、DXを通じてさらなる成長を遂げることが期待されます。本記事の内容が、戦略策定や事業改善の参考になれば幸いです。

参考資料

今回の記事を作成するにあたり参考にした文献は下記となります。

SI企業の罪を当事者が問う、『SI企業の進む道 業界歴40年のSEが現役世代に託すバトン』
国がSI企業をどのように見ているかご存じでしょうか。一言で表せば「日本企業の浮沈を握るカギ」だと考えています。大げさに聞こえるかもしれませんが、昨今のDX関連の制度設計を見れば、その本気度が分かると思います。

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